ご挨拶
いつも拍手頂きありがとうございます。
このお話は、拍手頂いた方、および、私の日記ページに来て下さった方に先に読んでいただこうと思ってこちらにUPしました。
拍手SSは、こちらで四つ目です。
これは、いつか書きたいとチラっとつぶやいてた、「腐な感じの会話」です。
日本の音大の女子学生たちの間で、託生君が餌食にされてます・・・(苦笑)。
ある意味、「誘蛾灯」とか「恋して、玉砕」の続きです。登場人物もかぶっています。
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「ようこそ、腐の『ヴィブランテ』」




教室の一角で女子学生が数人固まっている。
一体何事だろう・・・

つい先日、同級生で同じバイオリン専攻の葉山託生に告白、見事玉砕した岡崎幸子は首を傾げた。
その中に親友の菜緒の姿も見つけたからだ。

菜緒は普段あまり人とつるむことはなく、自分と行動を共にしないときには一人でいることも多い。
背筋がスッと伸びた美人で、少し冷めたところもある。
でも自分には優しくて、いつも守ってくれて・・・
そういうところは、少し葉山託生と似ていると思う。どうやら自分は男も女も似たようなタイプを好きになるらしい。

いや、もちろん菜緒ちゃんは友達だけどさ。

で、あれは一体なんだろう。

授業が終わった後のその一角をぼんやり眺める。
数人で何かをのぞき込んでいるようだ。

この教室はこの後使用される予定が無いので比較的授業後に残って話をしている学生も多い。

そのとき菜緒がふと振り返った。

「あ・・・幸子、あなたもちょっと来なさいよ」

手招きされた。
いつも一人でいる菜緒が興味を引かれるほどの何かがソコにあるらしい。

まるで飼い主に許可を得た子犬のように小走りに駆け寄ると、そこには一台のノートPC。
大学からの貸与物ではなく、個人のもののようで、その前に一人の女子学生が座っている。

「菜緒ちゃん、どうしたの?」
「ちょっとこれ読んでみて」

幸子は、自分の方に向けられた液晶画面をのぞき込んだ。
そこには文字が羅列されている・・・というか、鍵括弧などもあって物語のようだ。
よく目を凝らしてみると、

「え、託生君・・・?」
「幸子、声に出しちゃダメ!」

口に出した途端、菜緒の手が口をふさいだ。

目で黙って読めと半ば脅される。
もう一度画面に目を落とすと、そこには「託生」と呼ばれる男の子と、「和也」と呼ばれる男の子の・・・

ラブ・・・シーン?



--------------------以下抜粋----------------------

「もう、この気持ちを押さえ込んでいることなどできない」
「和也?・・・どうしたのいきなり」

和也は、怪訝そうに自分を見つめている託生の、華奢な両手首をつかんで、部屋の壁へ押しつけた。

「君が、誰にでも優しいことだって、誰にでも平等に微笑むことだって、誰にでも同じような興味しか示さないことだって、知っている」
「和也、それは」
「それで、いいと思ってた!君の隣にいることさえできれば、僕はそれで良いと思ってた。だけど・・・」

和也はうつむいたまま首を振った。

「今日、君は他の男に迫られていただろう?」

託生の目が大きく見開く。

「なんで、それ」
「見てたんだ。用事が早く終わって、君が桜の木の下に他の男といるのを・・・見てしまった。会話も・・・」
「和也、彼とは何もない。確かに、付き合ってほしいって言われたけど、僕断ったから・・・あっ」

託生は壁に押しつけられて自由を奪われながらも弁解したのだが、急に和也が身を寄せてきて小さく悲鳴を上げた。
ゆっくりと、味わうように和也の唇が託生のそれをなぞる。
固まる託生をよそに、和也はもう止まらないとでも言うように、舌を差し込んできた。
その感触に託生は我に返り、身をよじってなんとか和也の強靱な腕から逃れる。

「和也、ひどい、こんな」
「その男の誘いを断ったのは・・・僕の為じゃないだろう?」

思い詰めた様子の和也に、無理矢理のキスをなじるつもりが、声が出なくなる。
和也はもう一度間合いを詰めた。

「君が誰の誘いにも応じないのは・・・君に他に愛する男がいるからじゃないのか!?」
「そんなことは・・・恋人はいないって」
「じゃあ、なんであんな風にバイオリンを弾くんだ!」

--------------------抜粋終了----------------------



物語は、そこでいったん終わっていた。
どうやら、「和也」は「託生」に想い人がいると思いこんで激しく嫉妬したあげく、強引なキスに及んだらしい。



自分は、この「和也」と「託生」を知っている気がする。
決定的なのは『バイオリン』。
「バイオリンを弾く託生」、そしてその隣にいつもいる「和也」・・・自分の知ってる”あの”二人に心当たりが有りすぎる。

だが、この内容は。

「・・・菜緒ちゃん。これ・・・もしかして実話・・・」
「違うわよ」

菜緒は肩をすくめて首を振った。

「違う・・・?」
「ええ、これがそのまま実話ではないの。でもね、もしこうだったらって思ったら・・・ちょっとときめかない?」
「ときめく?」

佐原和也と葉山託生のラブストーリーが・・・?
あれ?
男の子同士だけど? 

「よく考えてごらんなさいよ」

菜緒が声を潜めた。

「佐原和也はあのルックスでしょ?そして身長187センチ、実家は大手精密部品メーカーの長男。超優秀なお姉さんが跡を継いでいるから跡継ぎ問題は無し。で、葉山託生は男好きのするあの潤んだ瞳、柔らかそうな唇、物腰は柔らかいのに時折見せるクールな態度、思わせぶりなバイオリン・・・なによりあの細い腰!絶対60センチ無いわよあれ。あの二人が並んでるところ見たことあるでしょ?よく考えたら、お似合いだと思わない?」
「お似・・・合い・・・?」

瞼の裏に二人を浮かべてみた。
いつも涼しげな目元をしているが、まるで託生を守るようにそばに控えている和也。その和也の隣に立つ華奢で物憂げな託生・・・。

「あの二人、いつも一緒だし、この間なんか佐原和也が葉山託生のほっぺについてたご飯粒取ってたよ」

ベタすぎる展開だが、あの二人がやると単に男子学生がじゃれ合っているのとは、確かに違う見方をしたくなるのも分かる気がする。

「あの細い腰に、和也のたくましい腕が廻るの」

なるほど。
廻って・・・引き寄せて・・・

「で、抱きしめて、首筋にキスマークとか付けちゃうのよ」

首に和也の薄い唇が吸いつく。
ゆっくり唇を離すと、そこには赤い印が・・・。

想像した途端、かーっと顔に血が上っていくのが分かった。
なんだろう。
ものすごく、隠微で、どきどきする。まるで初めて少女マンガのラブシーンを読んだときのように。

「どう?他の女の子に取られると思うと悲しいけど、相手が見目の良い男なら、良いと思わない?」

たしかに葉山託生が他の女の子のモノになってしまったら、応援したいものの寂しさが残るが、それがもし佐原和也なら・・・もしくは他のハンサムな男なら・・・。

あれ?
大丈夫かもしれない?

「でしょ!!」

何かを悟ったかのように目を見開いた幸子の両肩を掴んで、菜緒は顔をのぞき込んできた。
思わずその目を見つめ返す。

「分かる・・・分かるよ、菜緒ちゃん!このあと、きっと和也君は託生君が愛する第三の男と会っているところを目撃して、さらに嫉妬で逆上!託生君を無理矢理押し倒したり・・・でもそこに第三の男が割り込んできて、今度は託生君を争奪戦・・・愛に疲れた託生君は、他の男に慰められて、うっかりよろめきそうになったところを、第三の男が再び間一髪で取り戻すとか」
「分かってるわね、幸子。見込んだとおりだわ!」
「岡崎さん、飲み込みが良い!」

あの物語の続きを、いきなり沸いてきた妄想のままに口走ると、その場の女性陣からわぁっと歓声が上がった。

「じゃ、あなたも書くわよね。もちろんカップリングは任せるわ。・・・ちなみに野沢君もイチオシ。でもあたしは今のところ和託メインで、託生君受けのみにしようと思ってるけど。よし、これで10人目ゲット!!」

・・・え、書く?

カップリング?
和託?
託生君受け?

・・・えっと、なんの呪文だろう?





そのページは、学内の女子学生が男子学生達のBL小説を投稿している会員制の秘密サイト、『ヴィブランテ』。
「受け」一番人気は、葉山託生。
岡崎幸子が、想いを寄せていたはずのその人をいろんな男に絡ませながら、『ヴィブランテ』で指折りの多作ノべリストにのし上がるのは時間の問題だった。





「なんか、でも、やっぱり私たちの勘違いじゃないと思うんだよなぁ」

数ヶ月後、幸子と菜緒は目の前の光景を眺めながら呟いていた。
視線の先には、葉山託生に後ろから覆い被さる佐原和也。
それをにこにこ見守る野沢政貴。

和也はどうも託生の手の中にある楽譜を一緒に見ているようなのだが・・・。
それにしてもその体勢、本当に必要なのか、佐原和也?

「少なくとも、和也は託生のこと大好きだよね」
「うん、分かりやす過ぎるよね・・・あと野沢君との三角関係はないみたいだね」
「うん、すごい微笑んでるからね、あれはないわね」
「・・・託生君の本当に好きな人って学内にいないのかなぁ」
「・・・いたら和也が黙ってないでしょ」
「「はぁ、本命どこにいるのかなぁ」」

妄想から始まったはずなのに、おそろしく的を得た女子学生達の観察眼に、男子学生達は全く気が付いていなかった。
 



どこかの国で、ある男がくしゃみをしたとか、しなかったとか・・・。







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いわゆる腐女子たちの会話でしたが・・・意外に的を得ているというオチでした。
学生時代思い出しながら書きました。こんなアホな会話もしてたよなー、とか。
あとは、同級生のそういう体験(迫られたけど未遂)とかも聞いたりしてました。
じつは私が通っていた大学には、卒業してから知ったんですが、女子禁制の「男の子だけ」のそういう非公式サークルが密かに存在していたらしく・・・やっぱり世の中にはそういうの実際にあるんですね。
今となってはもうその実態を知るすべがないのが残念です。


BGM 2.につきまして、拍手ありがとうございました。
しのさま、コメントありがとうございました。